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静岡地方裁判所 昭和42年(ワ)315号 判決 1969年2月28日

原告

吉田三治

ほか四名

被告

静岡県

主文

被告は、原告吉田三治、同吉田サキに対しそれぞれ金一、一五〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエに対しそれぞれ金九〇〇、〇〇〇円、原告平野キヨに対し金一、〇五〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四二年八月一八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決の原告ら勝訴の部分は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告等訴訟代理人は「被告は、原告吉田三治、同吉田サキの各々に対し、金一、五一〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエの各々に対し金一、一七〇、〇〇〇円、原告平野キヨに対し、金一、九〇〇、〇〇〇円および右各全額に対する昭和四二年八月一八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「原告等の請求をすべて棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告等の請求原因

一、事故の発生

昭和四二年一月九日午後六時五分頃、訴外亡平野光男は小型乗用自動車ニッサンサニー(以下本件自動車という)の助手席に訴外亡平野礼子を同乗させてこれを運転し、静岡県田方郡土肥町方面から同県賀茂郡松崎町方面に向け、同県賀茂郡西伊豆町仁科一、二〇〇番地大橋先の国道第一三六号道路(以下本件道路という)を進行中、同所の仁科川にかゝつている「はまはし」(以下本件橋という)の進行方向にむかつて左側欄干の始端のコンクリート造の親柱に本件自動車の前部を衝突させ、このため右訴外亡平野光男は頭蓋底骨折心臓破損の傷害を受けて即時同所において死亡し、また同乗の訴外亡平野礼子は頭蓋底骨折の傷害を受けて同日午後八時二九分頃、同県同郡西伊豆町仁科一、二〇〇番地山田医院において死亡するに至つた。

二、被告の責任

本件道路は、静岡県田方郡土肥町方面から本件橋にさしかかる約一キロメートル以上手前から直線であり、この間の道路幅員は約九メートルであり、中央にセンターラインがあり、これにより道路は二分されている。他方本件橋は橋上の道路幅員が六メートルしかないため、橋のかゝり口において急に道路幅員が狭くなつている。しかも本件橋の土肥町寄り端の左右両側(欄干の端に当る位置)にはコンクリート打抜き造、幅約五〇センチメートルの親柱が設置されていたが、土肥町方面からむかつて左側(以下いずれも土肥町方面から松崎町方面に向つての方向を示す)の親柱の位置は、橋の手前の本件道路のセンターラインより左側部分の中心よりもさらに右側(センターライン寄り)にある。そのため本件道路の左側部分を進行する車両が直進すればかならず右親柱に衝突するように位置している。

右のように本件橋の幅員が狭いため、本件道路幅員が急に狭くなり、しかも橋の親柱が道路の中心に位置しているような場所においては、ことに夜間通行する車両の運転者がこのことに気付かずあるいは気付くのが遅れ、直進して右欄干親柱に衝突するかあるいは本件橋をはずれて川に転落するなどの事故を惹起する危険があるのであるから、一般交通の用に供される公の営造物である道路の管理者としては右危険を防止するために、橋にさしかゝる手前において、その先で急に道路の幅員が狭くなつている旨の道路標識を設置すること、橋のかゝり口附近に右道路状況を示すに足る照明を設置すること、道路を直進するについて障害物となる橋の左側欄干の親柱に反射板などを附設して、その位置を明示すること、橋のかかり口手前の道路左側から親柱の位置に達するガードレールを設置すること橋のかかり口手前から道路上のセンターラインを漸次右側に湾曲せしめて橋の中央部に位置せしめることなどの措置をとつて、運転者が右の状況を早く認識し、右衝突、転落を回避しうるような管理措置を講ずるべきである。しかるに、本件橋の手前の道路には本件事故当時何等このような設備がなく、これは本件道路の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。しかして、前記事故は、前記のとおり、平野光男が本件自動車を運転して土肥町方面から松崎町方面にむけて本件橋の手前の道路の左側部分を直進し本件橋にさしかかり、右管理の瑕疵のため親柱に右自動車を衝突させるに至つたものであるから、本件事故は、右の本件道路の瑕疵により発生したものというべきである。

本件道路は、一般交通の用に供される公の営造物であり、被告の機関である静岡県知事がその管理権限を有しているものであるので被告は国家賠償法第二条第一項に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  訴外亡平野光男の死亡による得べかりし利益の喪失

1、訴外亡平野光男は、昭和一五年一〇月二五日生れで事故当時満二六才の健康な男子で、昭和四一年九月より伊東市松原八八番地株式会社「えびな」の経営する旅館えびなの板前として勤務し月額金四九、〇〇〇円の給与を支給されていた。

そして厚生大臣官房統計調査部管理課作成の第一〇回生命表(以下第一〇回生命表という)によれば当時満二六才の者の平均余命は四三、二三才であり、又板前としては、少くとも六三才まで稼働が可能であるから就労可能年数は三七年間であるので、右訴外人は三七年間は月額最低金四九、〇〇〇円の収入があつたものである。他方生活費は当時の訴外亡平野光男の生活程度から月額金二四、〇〇〇円が相当であるので、右訴外人は月収金四九、〇〇〇円、年収合計金五八八、〇〇〇円から毎月の生活費金二四、〇〇〇円、年間生活費合計金二八八、〇〇〇円を差しひいた年間の純益は金三〇〇、〇〇〇円となり、右訴外人は右年間純収益を本件事故によつて前記就労可能期間にわたつて喪失した。これから年毎にホフマン式計算方法により年五分の割合の中間利息を控除して合算し、その損害発生時における一時払額を求めると金六、〇八〇、〇〇〇円となり、右訴外人は本件事故に基づき、同額の損害を受け被告に対し同額の損害賠償請求権を取得した。

2 右訴外平野光男の死亡により、原告吉田三治はその父として、吉田サキはその母として、各四分の一ずつの相続分をもつて、また、右訴外人の妻であつた訴外平野礼子は二分の一の相続分をもつて右訴外亡平野光男の権利を相続により承継した。そして訴外平野礼子が事故後死亡したので原告平野平好は同人の父として、原告平野ハツエは同人の母として、原告平野キヨは同人の養母として、各三分の一ずつの相続分をもつて同人の権利を相続により承継した。

よつて、前記損害賠償請求権について原告吉田三治および吉田サキは各金一、五二〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエ、同平野キヨは各金一、〇一〇、〇〇〇円(金一〇、〇〇〇円以下切捨)を相続により取得した。

(二)  葬儀費用

本件事故による訴外平野光男、同平野礼子の死亡により、礼子の養母原告平野キヨは喪主として右両名の葬儀を主宰し、その費用として、少なくとも金三五〇、〇〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(三)  原告等の慰藉料

原告等は、訴外平野光男および平野礼子のそれぞれ父又は母もしくは養母として本件事故に基づく、右訴外人等の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた。特に平野キヨは、右訴外人等に自己の老後をたくしていたものであり、その苦痛は甚大である。よつてこれを金銭をもつて償うためには、原告平野キヨに対しては金一、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告等においては各金七五〇、〇〇〇円の支払を受けるのが相当である。

四、したがつて、被告は、原告平野キヨに対しては、右(一)ないし(三)の合計額金二、八六〇、〇〇〇円、原告吉田三治、同吉田サキに対しては金二、二七〇、〇〇〇円、同平野平好、同平野ハツエに対しては金一、七六〇、〇〇〇円を支払うべきであるが原告等は訴外平野光男の過失を考慮し右金額のうち三分の二(ただし、金一〇、〇〇〇円以下切捨)を請求することとする。

よつて被告に対し、原告吉田三治、同吉田サキは各々金一、五一〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエは金一、一七〇、〇〇〇円、原告平野キヨは金一、九〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年八月一八日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する被告の答弁および抗弁

一、請求原因第一項の事実を認める。

二、同第二項の事実中、本件道路の幅員、本件橋の親柱の位置については否認し、その余の事実は認める。本件橋の手前の国道一三六号線の全幅員は、舗装部分の車道幅員が七メートル、その両側に〇・五メートルの路肩があり、合計八・五メートルであり、したがつてセンターラインの左側部分は三・七五メートルであり、センターラインと本件橋の親柱との間隔は二・〇五メートルである。右親柱は、幅〇・六五メートル、高さ一・三五メートルである。原告主張のような設備がなかつたことはこれを認めるが、このような設備の設置については予算上の制約があり、県内全般の道路の現況、地方財政の水準等を考慮して一般住民の道路に対する期待、予想に合致しておればよく、理想的な状態にまで道路の管理に万全を期することは不可能であるから、原告主張のような設備をしなかつたからといつて公の営造物の設置管理に瑕疵があるということにならない。

三、同第三項(一)の1の事実中訴外亡平野光男の年令、余命、勤務先については認めるがその余の事実は不知。同2の事実中、訴外亡平野光男と訴外亡平野礼子が夫婦であることは認めるが、その余の事実は不知。同(二)、(三)の事実は不知。

四、被告に公の営造物の設置管理に瑕疵が認められるとしても、本件自動車の衝突した親柱は前記のとおりの大きさであり、自動車の前照燈の夜間照射力は前方一〇〇メートルに及ぶのであるから、親柱は一〇〇メートル前方から優に確認しえたはずであるのに訴外平野光男は右親柱に真正面から衝突しており、なんらの制動装置を使用した跡もなく、ハンドルを転把しようとしたとも認められず、このほか、自動車の破損状態、ガラスの飛散状態からみると本件事故は、訴外亡平野光男の居眠り運転による前方注視義務違反および制限速度を超過する高速運転によつて発生したものであり、原告主張の営造物の設置管理の瑕疵と本件事故との間に因果関係はない。

五、かりに被告に損害賠償義務があるとしても、前項記載のように訴外亡平野光男において前方注視義務をつくし、適切に制動装置をかけ、ハンドルを転把すれば、本件事故は容易に回避しえたものであるから、同訴外人に過失があるので、同人死亡による損害賠償請求権は減額さるべきである。また、訴外亡平野礼子死亡による損害賠償請求権については、右平野光男に右のような過失があるので同女は右平野光男にも損害賠償請求をなしうべきものであり、それと被告との責任は共同不法行為として不真正連帯の関係になるところ、不真正連帯債務にあつても負担部分はあるべきものであるから、被告は右平野光男に対ししたがつてその相続人である原告等に対し、求償権を取得する関係になるから、原告等の本件請求については損害の公平妥当な分配という見地から右の点を過失相殺において考慮して、原告等の請求は八割程度過失相殺されるべきである。

第四、抗弁に対する原告等の答弁

訴外平野光男の居眠り運転および制限速度超過の高速運転の点は否認する。

第五、証拠〔略〕

理由

一、本件事故の発生については当事者間に争いがない。

二、(一) 事故現場の状況

本件道路は、静岡県田方郡土肥町方面から本件橋にさしかかる約一キロメートル以上手前から直線であり、道路中央にセンターラインが引かれてあり、これにより道路は二分されていたこと本件橋の上の道路幅員が六メートルであつたこと、本件橋の土肥町寄り端の左右両側(欄干の端に当る位置)にはコンクリート造の親柱が設置されていたことはいずれも当事者間に争がない。

そして、〔証拠略〕を総合すると以下の事実が認められる。

本件道路の幅員は橋の手前附近において八、八五メートルであるが、両端にそれぞれ〇・五メートルの非舗装部分の路肩があるため車道幅員は七・八五メートルであること、右道路のセンターラインは橋の手前まで直線に引いてあり、橋の手前で消えているが、その延長線は、本件橋の左側欄干より一・八メートル、右側欄干より三・九メートルの地点となること、左側欄干の土肥町寄りの端の親柱はコンクリート造、幅〇・九四メートル(南北)、〇・六四メートル(東西)、高さ一・一五メートルであること、右親柱は、土肥町方面から本件道路車道左側部分のほぼ中央を直進すると突き当る位置にあること、本件道路は、前記のとおり直線であるから、橋の手前数百メートルの道路上から橋に向つて見通しの障害となるものはないこと、以上の事実が認められる。成立に争のない乙第一号証は、同第四号証の二および同第八号証の二に照らしてこれを採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、前認定の本件橋と道路との接続状況および橋の親柱の位置を車両の運転者に認識させるべき照明、標識等が右橋に至る手前の道路およびその周辺に存在しなかつたこと、橋のかかり口手前の道路上のセンターラインを漸次右側に湾曲せしめて橋上の道路の中央部に至るような措置がとられていなかつたことは当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、当時、夜間、同所にさしかかつた車両運転者としては、車両の前照灯の照明により前記状況を認識するほかなかつたものと認められる。

(二) 本件事故発生の経過

〔証拠略〕を総合すると、昭和四二年一月九日午前一一時ごろ、訴外平野光男は、普通乗用自動車ニッサンサニーの新車(幅一・四四五メートル)に、妻礼子を同乗させ、三島大社に行くといつて伊東市の原告平野キヨ方を出発し、同日午後六時五分ごろ本件事故現場にさしかかり、本件道路車道の左側部分のほぼ中央を時速約五〇キロメートルの速度で進行し、前記親柱にはげしく衝突したこと、右衝突前、右平野光男が制動をかけた痕は見当らずまたハンドルを転把したこともないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三) 道路の管理の瑕疵

右(一)、(二)認定の事実に照らして本件道路の事故現場附近の管理の瑕疵について検討する。

自動車の前照灯は正位置では進路前方一〇〇メートルの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有することが要求されているところ、本件自動車は、前認定のとおり、新車であり〔証拠略〕によれば昭和四一年一〇月に車体検査を受けたものと認められるから、その前照灯は右に要求される程度の性能を有していたものと推認しうべく、これに、前認定の見通しの状況を考えると、右平野光男が万全の前方注視義務をつくしていれば一〇〇メートル手前から、本件道路と橋の接続状況および親柱の存在を発見することができ、これとの衝突を回避する可能性があつたことはこれを否定できない。しかしながら、前認定のとおり、本件道路のような幅員の比較的広い直線の国道を夜間進行する場合、自動車運転者は通常進路前方の橋の親柱がその手前の取りつけ道路の左側部分のほぼ中央の延長線上に位置していることもあるとは予測してはおらず、むしろそのような異常な状況にないことを見込んで運転するのが常態であると認められ、道路上の交通の安全の確保のための設備管理は、自動車運転者が常に万全の前方注視義務を怠らないことを前提にしてこれを設置管理すれば足りるものというべきではなく、通常の自動車運転者にとつて車両交通の安全を確保しうべき状態にこれを設置管理することを要するものと解すべきである。

したがつて、道路管理者としては、前認定のように、本件道路左側部分のほぼ中央を直進すると橋の親柱に衝突する危険を包蔵する本件事故現場附近の道路状況の場合には、この危険の予知をまつたく自動車運転者が車両の前照灯の照明によつて確認すべきことに委ねることなく、これを予知せしめて危険回避の措置をとりうるような設備、すなわち、橋のかかり口の手前に右の状況を照らしうる車両交通のための照明を設置し、あるいは進路手前に右の状況を予告する道路標識を設置し、あるいは橋のかかり口手前から漸次道路上のセンターラインを右側に湾曲せしめて橋上の道路の中央部に至らしめるなどの設備、措置をとることが必要であつたものというべく、これらの設備のない本件事故現場附近の本件道路の管理には瑕疵があつたものといわなければならない。

(四) 道路管理の瑕疵と本件事故との因果関係

前認定の本件事故発生の経過に鑑みると、もし本件事故現場附近に前記本件道路と橋との接続状況を確認させるような前示諸設備があれば、前記平野光男においても、前記親柱との衝突を避けることができたであろうことは十分に推測しうるところであるから、右平野光男の前記過失を考慮しても、前示道路の瑕疵と本件事故とは因果関係があるものというべきである。

(五) 過失相殺

自動車運転者は常に進路前方を注視し障害物を早期に発見しこれを回避すべき義務があり、本件においても、訴外平野光男が絶えず進路前方に対する注視を怠らずに進行していたとすれば橋の親柱を確認しえた訳であり、したがつて本件事故の発生を防止しえたものと認められるから、前認定の同訴外人の過失は本件事故につき被告が賠償すべき金額を定めるに当つて、これを斟酌するのが相当である。

三、損害について

(一)  訴外亡平野光男の死亡による得べかりし利益の喪失

訴外平野光男が昭和一五年一〇月二五日生れで事故当時二六才の男子であること、当時旅館えびなの板前として勤務していたことは当事者間に争がなく、第一〇回生命表によると、本件事故のあつた昭和四二年当時満二六才であつた者の平均余命は四三・二三才であることは当裁判所に顕著な事実であるから、同訴外人は満六九才まで生存し得ることになるが、板前としては少くとも六三才まで就労可能である事実が証人井上統三郎の証言によつて認められるところ、〔証拠略〕によると、訴外亡平野光男は昭和四一年九月より伊東市にある伊東温泉えびなホテルに板前として勤務し、同年一〇月、一一月各金四九、〇九〇円、同年一二月金四六、八〇〇円の給料を支給されていたこと、板前としての給料は、漸次増加するものであるが、温泉場のそれは多忙な時は多く、暇な時はやや低いこと、他の処に転じても給料が前より低くなることは普通はないこと、板前の食事は三食とも旅館がもつこと、等の事実を認めることができる。又、〔証拠略〕によると右訴外人は、生活状態は普通で、朝食以外は勤務先で食べていたこと、および時々右平野キヨに月二〇、〇〇〇円から三〇、〇〇〇円送金している事実が認められ、右認定に反する証拠はないから右訴外人の生活費は、収入の約五割と認めるのが相当である。

そこで以上認定の事実により、訴外亡平野光男の前記死亡前三ケ月の給料の平均額金四八、三二六円(円以下切捨)を一ケ月の収入とみて、生活費はその五割とみると、一ケ月の生活費は金二四、一六三円となるから、一ケ月の純収入は金二四、一六三円であり、年間純収入額は金二八九、九五六円と認められ右訴外人は右年間純収入額を六三才まで三七年間にわたつて挙げ得たものと認められるから、右純収入に年毎にホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して一時払額を算出すると金五、九七三、〇九三円となる。したがつて、同訴外人は、本件事故の発生によつて右同額の損害を蒙つたというべきであるが本件事故の発生については被害者にも前記のような過失があると認められるのでこれを斟酌し、右損害のうち被告が賠償すべき損害額は金三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

なお、被告はかりに被告に公の営造物の設置管理の瑕疵があり損害賠償責任があるとしても、訴外平野光男にも過失があるので、本件事故によつて死亡した訴外平野礼子は右平野光男に対しても損害賠償を請求しうべきものであり、それと被告の責任とは共同不法行為として不真正連帯の関係になるところ、不真正連帯債務にあつても負担部分はあるから被告は右平野光男に対し求償権を取得する関係にあることを前提としてこの点を過失相殺において斟酌するよう主張するが、かりにその主張のとおりとしても、これは本件事故によつて訴外平野礼子自身に固有に発生した損害賠償請求権を同女またはその相続人において被告に請求する場合に問題とすべき筋合のものであつて、その請求がない本件訴訟において、右の点を斟酌して過失相殺をすべきものとは解せられない。

(二)  訴外亡平野光男と同平野礼子が夫婦であつたことについては当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると原告吉田三治、同吉田サキは訴外亡平野光男の父母であることが認められ、原告平野平好、同平野ハツエは訴外亡平野礼子の父母であり、原告平野キヨは右訴外人の養母である事実が認められる。

そこで、原告吉田三治および原告吉田サキは、各四分の一ずつの相続分をもつて訴外亡平野礼子は二分の一の相続分をもつて訴外亡平野光男の前記損害賠償請求権を相続によつて取得し平野礼子が本件事故後死亡したので、同人の取得した右請求権を、原告平野平好、同平野ハツエ、同平野キヨが各三分の一ずつの相続分をもつて相続によつて取得したものと認められる。それによると原告吉田三治、同吉田サキの債権額は各金七五〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエ、同平野キヨの債権額は各金五〇〇、〇〇〇円となる。

(三)  葬義費用について

〔証拠略〕によると、訴外平野礼子は原告平野キヨの養女であり、訴外平野光男は同平野礼子と婚姻し(この点は当事者間に争がない)妻の氏を称したものであるところ原告平野キヨは、本件事故による訴外亡平野光男、同平野礼子の死亡にともない、喪主として、昭和四二年一月一五日、東京都内谷中の大円寺において葬儀を執行し、その典礼費用金一三〇、〇〇〇円、饗応接待費金五八、八六〇円、死亡等通知費金三、〇〇〇円、葬式写真費金四、六七五円を支出し、両名の霊を弔うため仏壇を金四五、〇〇〇円で購入した事実を認めることができる。右費用合計金二四一、五三五円は慣習に従つて、右両名の葬儀、供養を主宰する者と認められる同原告が本件事故によつて蒙つた損害と認められるが本件事故の発生につき前記認定のように訴外亡平野光男の過失もその原因をなしていることを考慮して右損害額のうち金一五〇、〇〇〇円を被告において賠償すべき義務があるものと認める。

同原告主張のその余の費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められない。

(四)  原告等の慰藉料

訴外亡平野光男、同平野礼子の本件事故による死亡により、原告吉田三治は平野光男の父として、原告吉田サキは平野光男の母として、原告平野平好は平野礼子の父として、原告平野ハツエは平野礼子の母として、又原告平野キヨは、訴外亡平野礼子を養子に迎えて養育成人させ、自己の老後を託していた者として、いずれも甚大な精神的苦痛を受けたであろうことは、これを諒し得るところ、この苦痛についての慰藉料額は前記認定の本件事故の態様、訴外亡平野光男の過失の度合、本件道路設置管理の瑕疵の程度その他諸般の事情を総合すると各原告について金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当であると認める。

四、結論

以上説示したとおり、被告は、原告平野キヨに対し、各前項(一)ないし(三)の合計額金一、〇五〇、〇〇〇円、原告吉田三治、同吉田サキに対しそれぞれ前項(一)および(三)の合計額金一、一五〇、〇〇〇円、原告平野平好、同平野ハツエに対しそれぞれ前項(一)および(三)の合計額金九〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和四二年八月一八日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべく、原告等の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大島斐雄 土川孝二 態本典道)

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